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東京高等裁判所 昭和58年(行ス)1号 決定 1983年1月26日

抗告人(申立人) 日本労働組合総評議会

相手方(被申立人) 東京都公安委員会

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は、別紙「即時抗告申立書」及び「昭和五八年一月二六日付準備書面」のとおりである。当事者双方の主張は、原決定の記載のとおりであるから、これを引用する。

二  当裁判所は、本件執行停止の申立を棄却すべきであり、したがつて本件抗告は理由がないと判断するが、その理由は、次のとおり付加するほか、原決定理由説示のとおりである。

抗告人が抗告の理由として主張するところは、要するに、(一)本件集団行進の申請順路付近の交通に多大の支障を来たすことはなく、また、(二)「いわゆる過激派集団」の行動参加による危険発生のおそれはなく、さらに、(三)私住居たる田中邸の平穏に対する侵害は発生しないのに、その判断を誤つて本件執行停止の申立を棄却した原決定は違法であるというにある。

まず本件集団行進を申請順路どおり許可すれば、一件記録により認められるその順路付近の道路、交通状況、予定されている参加人員数に照らし付近交通に多大の支障が生ずるおそれがあることは、原決定説示のとおりである。

つぎに、一件記録によれば、本件集団示威運動にはいわゆる過激派集団の参加が予定されており、総評等六団体の主催者側において右参加による混乱を未然に防止すべく種々配慮していることが窺われるが、本件集団示威運動は約二万人の参加が予定される大規模なものであつて、過激派集団の行動如何によつては、全体の統制が乱れ、混乱が生じ、地域の平穏が乱される等、主催者の意思に反しかつ警備側の対応も困難な不測の事態が生じ、公共の安寧秩序を害する危険性の生ずるおそれのあることは否定し得ないところである。

抗告人は、さらに、原決定は田中邸の平穏侵害の有無についての判断を誤つた違法があるというが、原決定は右の点について何ら言及していないので、当審においては特に判断を加える要をみない。

以上の次第であり、その他一件記録を検討してみても、前記判断を覆えし本件執行停止の申立を認めるに足りる資料はない。

よつて、原決定は相当であるから、本件抗告を棄却することとし、抗告費用は抗告人の負担とし、主文のとおり決定する。

(裁判官 森綱郎 藤原康志 小林克已)

別紙一

即時抗告申立書

申立の趣旨

一 原決定を取り消す。

二 抗告人の昭和五八年一月二二日付集団示威運動許可申請に対し、被抗告人が昭和五八年一月二五日付でなした別紙許可条件書に付された条件のうち申請にかかる集団示威運動の進路を変更する部分の効力を停止する。

三 申立費用は被抗告人の負担とする、

との裁判を求める。

申立の理由

第一原決定の存在

原審(東京地裁民事三部)は抗告人(申立人)、被抗告人(被申立人)の間の同庁昭和五八年(行ク)第一七号行政処分執行停止申立事件につき、昭和五八年一月二六日、申立人の申立を棄却する、申立費用は申立人の負担とするとの決定をなした。

第二本件集団行動の行進順路を変更する条件の違法性

はじめに

被抗告人は抗告人申請にかかる集団行動の行進順路を変更する条件を付した理由について原審において提出した意見書において述べているが、その要旨は、第一に本件集団行進の申請順路どおり許可すれば交通に多大の支障を来たすこと、第二に「極左暴力集団」の集団行動参加により生命、身体等に対する直接行動の危険性が存すること、第三に私住居に平穏に対する侵害が生じること、の三点にあるものと思料される。

そこで以下において、右三点につき抗告人の反論を述べ、進路変更の条件が合理性を欠き、必要最小限の規制を逸脱した違法な処分であることを明らかにする。

まず右三点につきそれぞれ反論するに先だつて意見書を貫ぬく集団行進の性格についての捉え方について指摘しておかなければならない。すなわち、意見書は集団行動のもつ基本的人権としての意義を甚しく軽んずるとともに、集団行動に対する抜き難い偏見にとらわれているということである。このことは意見書が「集団示威行進に内在する危険性」をとりわけて指摘していることにあらわれている。

しかしながら、集団行動についてはこの基本的人権としての性格から都公安条例三条が定めるように、「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合の外は、これを許可しなければならない」のであり、このことは集団行動は通常公共の安寧に直接危険を及ぼさないものとして観念されているのであつて、意見書が指摘するように、集団行動には危険性が内在するとする捉え方とは全く異るものといわなければならない。

なるほどかつて最高裁大法廷判決(昭和三五年七月二〇日)は、意見書の引用するとおり、いわゆるデモ暴徒論ともいうべき性格把握を集団行動について行つていたが、右のような集団行動の性格づけは右大法廷判決以降の多くの下級審判決を踏まえて克服されており、このことはデモ暴徒論的言辞を一切用いていない最高裁大法廷昭和五〇年九月一〇日徳島市公安条例に関する判決(刑集二九巻八号四八九頁)からも明らかである。

一 交通への多大の支障という点について

1 道路における集団行動は秩序正しく平穏に行われる場合であつても交通秩序の阻害を一時的に惹起することはいうまでもなく、にもかかわらず道路における集団行動が容認されるのは集団行動に随伴する交通秩序阻害は道路利用者において受忍すべきとするものであるといえる。このことは、集団行動が憲法で保障する基本的人権たる性格に由来するものであり、したがつて、道路における集団行動につき交通秩序の観点からする規制は、「集団行動に随伴する交通秩序阻害の程度を超えた、殊更な交通秩序の阻害をもたらすような行為」に限られる場合にのみ許容されるというべきである(前掲昭和五〇年最高裁判決参照)。

ところで、本件集団行動について被抗告人は申請どおりの行進順路が認められた場合に生ずる交通秩序への支障において種々述べているが、交通秩序への阻害の内容、程度は、集団行動に通常随伴する程度のものにすぎず、本件デモがその形態からみて特段に異常な事態を招くとか殊更な交通秩序の阻害をもたらすといつた類のものではない。

加えて、申請にかかる道路がこれまで抗告人らが許可のもとに集団行動を行つてきた他の道路と較べて交通量や事故発生件数がとりたてて多いということはなく(この点の疎明はない)、また道路巾員からいえばこれまでもっと狭いところでの集団行動さえ許可されてきているのである(疎甲八、九号証)。

さらに、交通量や集団行動が行われた場合の付近道路への影響についていえば、申請にかかるコースと変更コースとの間に格別の差異はなく(差異があるとの疎明はない)、この点変更コースについては何故許可しうるかの合理的な説明は全くない。

被抗告人は本件許可処分にあたり、交通秩序維持に関する具体的な条件を別途付しているのであつて、右程度の条件をもつて十分な規制というべきであり、目白通りについて一切通過を認めないとするのは度を超えた規制というべく、とうてい必要最小限の合理的規制とはいい難い。

なお、目白通り沿線が閑静な住居地域であり、夜間における静穏を図るため安眠ゾーンとして指定されているとしても、集団行動に伴う一時的、一過的騒音は集団行動の権利性に照らして受忍すべきである。

2 本件集団行動の目的からするならば田中邸を通行することに大きな意義が存するのであり、本件集団行動のコースを捉えて「手段を選ばずに等しく」というのはきわめて不当な非難であり、意見書こそ口実をかまえ、田中邸へ過度な配慮を示したものといわなければならない。

本件申請にかかるコース上での集団行動が前例のないものであるかどうかについては抗告人の知るところではないが、そもそも田中角栄の「犯罪」こそ前例のないものとして強く世論の批判を受けているのであつて、前例の有無を本件集団行為について論ずること自体無意味である。

田中邸への政治的配慮などを全くせず、客観的かつ冷静に本件集団行動の許否を検討するならば、申請コースでの集団行動を認めるにつき何んら支障はない筈であり、意見書が詳しく数字をあげ、具体的に指摘する点も、一見それ自体のみをみるならばもつともらしいが、その実集団行動に随伴するものとしての評価を加えざるを得ない筈であり、「集団示威行進を行うには適しない劣悪な道路環境」を選んだとの主張はきわめて不当である。

二 「暴力行為発生の危険性」について

1 はじめに

被抗告人は申立人の申請どおりに集団行進を許可すれば「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる」(公安条例三条)と平然と主張しているが、日本全国の労働者四百数十万人を組織する我国最大の労働組合中央団体である抗告人を侮辱するも甚だしい暴論である。このような理由で抗告人の集団行進が認められないとすれば、それは労働者、国民全体の集団行進の自由を奪つてしまうに等しい暴挙である。そのようなことは法と正義の名において断じて許されてはならない。

2 総評の基本的考え方

まず本件集団行進の参加者についての総評の基本的考え方は、「広く参加を呼びかけるが、行進は主催者の指揮に従つてもらう」という大衆行動として極く当然のものである。ことに田中角栄の辞職要求というまさに全国民的要求をスローガンとする行動においては、傘下組合員のみならず広く一般市民に参加を呼びかけるのは当然のことである。しかし、総評の行動に参加する以上勝手な行動が許される筈はなく、総評としてそれを認めたことはない。

都公安委員会は富塚総評事務局長が「参加する者は拒まず、その行動には関知しない」旨述べたというが(疎乙第五、九号証)、不当極まる捏造である。総評の考え方は右に述べたところに尽きるのであつて委員会の主張するが如き無責任なものでは断じてない。

3 「極左暴力集団」は総評とは全く無関係

委員会は中核派や第四インターなどいわゆる「極左暴力集団」の暴力事件を一五年以前にまで遡上つて疎明し、その「危険性」を繰り返し主張している。しかし、これら「極左暴力集団」は総評とは何ら関係を持たない組織であり、もちろん本件集団行動へ参加、協力を呼びかけているわけでもない。このような総評とは何の関わりもない組織の「危険性」を理由に総評の集団行動が制約される謂れは断じて存しない。委員会自身「同集団(極左暴力集団)に対する主催者側(総評など)の統制力は全く期待し得ない」(原審意見書)と主張するのであるが、総評からいえば全く統制力を行使し得ない第三者の「危険性」によつて総評の集団行動の自由が侵されるのは背理としか言いようがない。

4 「暴力行為」は警察力によつて対処すべし

右の如き背理が生ずる所以は結局のところ委員会が「極左暴力集団」と総評など本件集団行動の主催者を一体視するところに存する。「極左暴力集団」が、委員会が懸念する如き暴力行為を行なつた場合はこれを法令に従つて規制、対処すればよいことであつて、その暴力行為の被害者である総評の集団行動の自由を奪うという形で対処することは断じて許されない。委員会の如き論法が許されるとすれば、ひとたび「極左暴力集団」が特定の集団行動に「参加」を表明するや該集団行動自体が本件の如き理由をもつて規制されることになつてしまう。主催者とは何の関係もなく「統制力を全く期待し得ない」集団の「参加」によつて正当な集団行動の自由が侵されることの不当性は誰の眼にも明らかであろう。

5 警察の警備能力は十二分にある

<1> 「極左暴力集団」の「危険性」が本件集団行動を規制する理由となり得ないことは右に述べたとおりであるが、その「危険性」なるもの自体極めて薄弱なものである。すなわち、委員会は「極左暴力集団」による犯罪、暴力行為等を詳細に疎明しているが、昭和五五年以前のものが殆んどであり一〇年以上も前のものも多数含まれている。「極左暴力集団」がその過激な行動によつて国民各層から批判を受け、その構成員、動員力を著しく減退させていることは周知の事実である。一方警察当局の警備能力は飛躍的に強化されており、「極左暴力集団」と警察との関係は圧倒的に警察の優位になつている。疎乙第四一号証のNo.24の写真の如く、デモが「機動隊のデモ」のような光景を呈するのを日常見かけるのが現状である。

「極左暴力集団」の動員力の衰退と警察の警備力の増強は委員会が提出した疎乙第二四号証からも容易に見ることができる。すなわち、「極左暴力集団」の「デモ実施中における主な違法事案一覧表」によれば、多数の検挙者が出たり、負傷者が生じたのは昭和五二年までであり、その後はいずれの「違法事案」なるものも一名から数名の検挙者が出るにとどまっており、負傷者は皆無である。しかも「違法事案」の内容も蛇行進やいわゆるフランスデモであり機動隊の「併進規制」によつて容易に規制されている。以上の如き状況からすれば、万一本件集団行動に「極左暴力集団」が総評の制止を顧ず「参加」することがあつてもその違法行為は容易に規制されることは明らかである。

<2> また疎乙第五号証にいう総評関連組合員の「検挙事案」なるものも容易に規制可能なものであり、このようなことを理由に本件集団行動の規制を合法化することはできない。

6 被抗告人の主張は妄想の類である

都公安委員会は原審の「意見書」において総評の申請がそのまま認められたならば「投石が行なわれあるいは火焔びんが投てきされる…ことが容易に推認できる。」(四〇頁)とか「特定個人に対するテロ、ゲリラ行動を敢行する可能性も存在する」(四五頁)などと放言しているが、以上述べて来たとおり本件集団行動が、「公共の安寧」に「直接危険を及ぼすと明らかに認められる」ものでないことは明白である。

三 本件行動の正当性と私住居の平穏の侵害の不存在

1 本件行動の正当性

(一) 集団行動の権利

被抗告人意見は国民大衆の集団は常に潜在的な暴徒であるとの視点に貫かれている。これは改めて述べるまでもなく憲法により保障された集会結社・集団行動等の自由を敵視する考え方であり、かつ、その事実認識においてもメーデー事件等のいわゆる三大騒じよう事件の例を引合いに出すまでもなく、被抗告人自らの疎明(乙八)によつて誤りが明白である。被抗告人意見は「憲法が保障し、かつ民主政治にとつて極めて重要な集団行動による表現の自由」に対し「いやしくも公安委員会がその権限を濫用し、公共の安寧の保持を口実にして平穏で秩序ある集団行動まで抑圧することのないよう戒心すべきことはいうまでもない」との指摘を乱暴に踏みにじるものである。

(二) 本件行動の基本的権利性

(1) 「一個人の私住居」が意思表現の対象ではない。

本件田中邸はそもそも「一個人の私住居」と云えるものでないことは原審申立書二、3において述べたとおりであり、更につけ加えるならば、田中邸は二四時間制服警察官が警備のために配置されており、かように警察に守護されている田中は単に一国会議員にとどまるものではなく、政権党たる自民党内最大派閥の長であり、「田中曽根内閣」と一般マスコミが書きたてるほど現在の日本の政界において厳然たる勢力を保持している公人であり、更にはワイロの五億円も田中邸に運び込まれたと云われており、「田中金脈」の重要な構成要素である室町産業等のユーレイ会社の所在地でもあつたのであるから、一般市民の住居と同列に論ずることはそもそも前提を欠くものである。

また、本件行動は田中邸門前での集会や座り込み、だ行進等を企図するものでは全くなく(これらは許可条件において禁止されており、この点について抗告人は全く争つていない)、一国民として自らの意思を世論と市民に訴え、合わせて田中邸門前において通常のシユプレヒコールを行なおうとするものであり、専ら「一個人の私住居」に向けた行動ではない。

更に、被抗告人意見によれば、本件行動を許可すれば公務員たる刑事被告人全般に同様の事態が生ずるとされるが、これは余りにも飛躍した論理であり、到底容認できない。本件行動は総理大臣が国政の遂行にあたり五億円ものワイロを受け取り、現在なおかつ強大な政治的権力を握つているからこそ多くの市民団体も参加し、二万人の参加者となるのである。この本件の特殊性を全く無視した被抗告人意見は失当であり、更に加えるならば、田中以外には公務員たる刑事被告人に対し本件同様の行動が企図されたことすらないのである。

(2) 表現の自由及び参政権の正当な行使である。

本件行動の目的は許可申請書(乙一)目的欄記載のとおり、金権腐敗政治に反対し、憲法改悪と軍事大国化を露骨に押し進める中曽根内閣を糾弾し、合わせてこれらの根源として絶大な政治権力を握つている田中の辞職を求めるところにあり、これらの要求は全野党が辞職勧告決議を準備しているとの報道からも明らかなとおり多くの国民の一致した政治的・社会的要求であつて、これの表現が請願権の範囲に限定さるべき筋合いは全くなく、ましてや右要求が裁判権の行使にいささかも不当な影響を与えるものでないことは火をみるよりも明らかであり、これらの要求を本件集団行動の形態で表現することはまさに憲法が予定し保障した表現の自由及び参政権の正当な行使である。これに対して被抗告人が「表現の自由の範囲を逸脱し」「公序良俗に反するものであること明らかである」と主張するに及んでは一切の批判を封ずるフアツシヨ思想と断ぜざるをえない。

また、被抗告人は「一個人の私住居の平穏」との比較考量によるいわゆる公共の福祉論を主張しているが、今、日本国及び日本国民にとつて最も公共の福祉に合致することは田中の政治力を失わせることであり、後述のとおり、十分な根拠もないのに田中個人の私邸の平穏を持ち出すことではない。本件条件付許可は合理的制限と称しながら、結局、一個人即ち田中の「私住居の平穏を守る」ために大多数の国民の声を反映した本件行動の自由を侵したものにすぎないのである。

2 私住居の平穏の侵害の不存在

(一) 一個人たる田中の私住居について

(1) 住居の平穏は侵害されない

田中邸は前述のとおり多数の警察官に守られ、本件当日はその警備が過剰なまでに厳重になされるであろうことは容易に想像される。また、田中邸の配置は高くかつ、頂上に有刺鉄線を巡らせた石塀の奥に二四〇〇坪の広大な敷地があり、目白通りに近い側に田中事務所、その奥に私邸となつているのであり、更に本件行動が幅員一二メートルの目白通りをはさんだ反対車線において行われるよう主催者が警備陣とも相談の上配慮していることからすれば、田中私邸の平穏が害されるおそれは全くない。シユプレヒコールの声が届いたとしても、田中の公的立場からすれば当然受忍すべきものである。

(2) 公共の安寧・秩序上の危険はそもそも存在しない。

被抗告人意見の特徴の一つは「一個人」を極めて強調している点にある。ここで右「一個人」が田中を指すものであることは明らかであるから結局被抗告人意見は、田中個人の私邸の平穏を守ることに尽きるのであつてそこに何らの公共性もないのである。被抗告人が「一個人」を強調すればするほど、公共性の欠如はより明白である。かようにそもそも本件においては、条例上の、公共の安寧に対する危険はおろか、公共上の問題は全く存在しないのである。

(二) 周辺住民の私生活の平穏について

本件行動により周辺住民に全く「迷惑」がかからないとは主張しないが、その程度は、集団行動に通常随伴する範囲を越えるものでは決してなく、主催者もこの点についてはシユプレヒコールの場所、時刻等については充分配慮する所存であり、また、大多数の国民が一致する要求を掲げての行動であるから住民の理解も容易に得られるところである。また、田中邸門前でのシユプレヒコールはその場所的関係からして住民には全く影響のないものである (甲一三)。

四 結論

以上の諸点からすれば、進路変更をなした本件処分は処分を相当とする事実上の根拠を欠くとともに、事実に対する評価を誤つたものというべきであり、都公安条令三条に違反しかつ憲法二一条に反する違法の処分たるを免れない。結局本件処分は田中邸への政治的配慮を優先させたもとといわざるをえず、そのことの結果抗告人の集団行動の権利を奪つたのであり、本件処分を正当とする原決定もまた違法かつ不当なものとしてすみやかに取消さるべきである。

なお、抗告理由についてさらに補足して主張する予定である。

別紙二

準備書面

抗告人は、右当事者間の頭書即時抗告申立事件につき、次のとおり抗告の理由を補充します。

一 原決定が本件処分を相当として認容し、抗告人の申立を棄却した最大の理由は過激派集団の参加とその行動にあることは明らかである。

すなわち、決定は本件集団行動が約二万人の参加の予定されている規模なものであることから交通秩序を阻害するものとして進路変更が許されるとするのではなく、また本件集団行動が田中邸を目標にシユプレヒコールを行うことを目的としてからとして本件処分を相当とするものでもない。結局決定が「本件集団行動により公共の安寧が害されるおそれが高度の蓋然性をもつて予見され」るとする決定的理由は「過去においてしばしば過激な行動に出て公共の安寧秩序を害したことのある複数の過激派集団もその構成員に参加を呼びかけており、これらの過激派集団が本件集団示威運動に市民団体の名の下に参加することが明らかである」とするところにある。

しかしながら、原決定のこのような判断はきわめて不当なものである。

すでに抗告申立書において主張したとおり、本件集団行動の主催団体はいわゆる過激派とは無縁であり、むしろ主催団体は本件集団行動のもつ国民的性格からして平穏にして秩序ある整然たるデモを実施する方針であり、主催団体の統制のもとに整然たる意思表示を行うこととしているのであつて、主催団体の方針や圧倒的多数の参加者の意思と離れて押しかけ的に参加する者が仮りにあつたとしても、それらの者が違法行為に出ればその段階で規制されるべきであり、また警察の実力からしてそのことはきわめて容易なのである。

主催団体の方針に反する団体(実際に方針に反する行動に出るかどうか自体決して明らかとはいえない)の参加、つまり招かれざる客の押しかけ的、介入的参加がありうることを根拠に本来平穏な集団行動を予定している団体の行動を規制する根拠とするのは他事考慮ともいうべき不当な見解であり、とうてい容認し難いところである。

違法事態の発生に備え、平穏な集団行動が実施されるような態勢をとることこそ警察の任務なのであつて、原決定は警察の責任を棚にあげ、過激派集団の所為の責任をあげて抗告人らに帰そうとするものであり、その不当なことはいうまでもない。

抗告人は過激派云々は本件処分にあつて格好の口実として利用されたものと判断せざるを得ず、原決定は被抗告人のこのような術策に屈したものといわざるをえない。

二 原決定は「公共の秩序…を保持するためやむを得ない場合」か否かの判断は公安委員会の裁量に属するとしているが、これまたきわめて不当である。

公安条例三条の「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合の外は、これを許可しなければならない」との規定からすれば、公安委員会の裁量の範囲は厳しく覇束されているものというべきであり、裁量の範囲・程度は集団行動を認めたうえでの態様にかかわる制限の範囲にとどまるのが原則というべきである。

原決定は昭和三五年判決を参照するとしているが、むしろ抗告申立書において指摘した昭和五〇年大法廷判決をこそ参照さるべきであり、同判決は公安委員会の判断について決して原決定の如き裁量論をもつていないことは明らかである。

原決定の如き裁量論のうえにたつて条件付与の当否を論ずることとなれば、結局集団行動は実質的に届出制ではなく完全な許可制に変更するものというべきであり、原決定がこのような裁量論にたつて本件処分をなしたことは基本的かつ決定的な誤りというべきであり、本件処分を結論として是認する原決定は右のような裁量論の誤りに由来するものとしてもその不当性が批判されなければならない。

貴裁判所はすみやかに原決定の誤つた判断をただし、抗告人の集団行動の権利を回復すべきである。

原審決定の主文及び理由

主文

一 本件申立てを棄却する。

二 申立費用は申立人の負担とする。

理由

一 本件申立ての趣旨及び理由は、別紙「行政処分執行停止申立書」のとおりであり、被申立人の意見は、別紙「意見書」のとおりである。

二 当裁判所の判断

1 本件疎明によれば、次の事実が認められる。

申立人は、昭和五八年一月二二日付けで被申立人に対し、次の内容の集会及び集団示威運動の許可申請をした。

(一) 目的及び名称 反金権、田中角栄即時辞職要求、中曽根内閣糾弾一・二六中央集会

(二) 日時 昭和五八年一月二六日午後六時開会、午後七時出発、午後一一時解散

(三) 集会場所 大塚公園

(四) 進路 会場(北口)―大塚公園前左(春日通り左)―大塚三丁目右―不忍通り―護国寺前―目白台二丁目左―目白通り―目白坂―日本道路公団駐車場前(高速道路下)

(五) 参加予定人員 二万人(宣伝車二五台)

右申請に対し、被申立人は、同月二五日付けで、公共の秩序を保持するため、集団示威運動の進路を次のとおり変更する旨の処分をした。

大塚公園(北口)―大塚公園前交差点左―大塚三丁目交差点右―護国寺前交差点左―音羽一丁目五番地株式会社江戸商事駐車場前

申立人は、右処分が違法であるとして、同日、東京地方裁判所に右処分の取消しを求める訴え(昭和五八年(行ウ)第二三号)を提起するとともに、本件申立てに及んだものである。

2 そこで、本件申立てが行政事件訴訟法二五条所定の要件に該当するか否かについて判断するに、本件疎明によれば、次のとおり認められる。

本件集団示威運動の進路をなす目白通りは、全長一・二キロメートル、片側二車線往復四車線で、一車線幅は二・七五ないし三・一五メートルと比較的狭く、全車道幅も一一ないし一二メートルである。本件集団示威運動の出発予定時間である午後七時から通過終了予定時間である午後一一時ころまで右の目白通りの車両通行台数は、約三六〇〇台と予想され、同時間帯には定期路線バスが二七本運行される。右の目白通り沿線は、大部分が第一種又は第二種住居専用地域に指定されている。一方、本件集団示威運動は、約二万人の参加が予定される大規模なもので、主催団体の構成員のほかに開催趣旨に賛同する団体、個人も参加が可能なものであり、過去においてしばしば過激な行動に出て公共の安寧秩序を害したことのある複数の過激派集団もその構成員に参加を呼びかけており、これらの過激派集団が本件集団示威運動に市民団体の名の下に参加することが明らかである。そして、右の過激派集団は、その構成員に対し、本件集団示威運動の際に独自の闘争を展開するよう呼びかけている。また、本件集団示威運動は、一般大衆に主張を訴えるとともに、田中邸を目標にシユプレヒコールを行うことを大きな目的としている。したがつて、本件集団示威運動が秩序正しく行われたとしても、交通規制及び不測の事態に備え当然必要な警官隊の配置をも考えると、片側二車線で上下の車両の流れを順調にさばくことは相当に困難で、上下の車両の交通が一車線に限られて付近の車両交通に重大な影響の及ぶことが明らかである。そのうえ、本件集団示威運動が田中邸という一個の具体的目標を設定したもので、夜間比較的狭い地域に約二万人が結集し、その中に過激派集団も加わることからすれば、全体の統制が乱れ、混乱が生じ、地域の平穏が乱され、公共の安寧が害されるおそれが高度の蓋然性をもつて予見され、そうなれば、目白通りは全面的閉鎖を余儀なくされ、付近の一般交通も広範囲にわたつて著しく阻害されることが明らかである。

ところで、「集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例」(昭和二五年東京都条例第四四号)三条一項六号の「公共の秩序……を保持するためやむを得ない場合」か否かは、地域的状況その他諸般の事情を具体的事例に即して考量のうえ、被申立人がその専門的な知識と経験に基づき判断すべき裁量事項に属するところ(最高裁判所昭和三五年七月二〇日大法廷判決参照)、右に述べたような状況からすれば、被申立人が公共の秩序を保持するためやむを得ないとしてした本件処分に裁量権の逸脱ないし濫用の違法が存するとは認められず、結局、本件は、行政事件訴訟法二五条三項の「本案について理由がないとみえるとき」に該当するものというべきである。

三 以上のとおりであつて、本件申立ては理由がないから、これを棄却することとし、申立費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり決定する。

別紙一

申立の趣旨

一 申立人の昭和五八年一月二二日付集団示威運動許可申請に対し、被申立人が昭和五八年一月二五日付でなした別紙許可条件書に付された条件のうち、申請にかかる集団示威運動の進路を変更する部分の効力を停止する。

二 申立費用は被申立人の負担とするとの裁判を求める。

申立の理由

一 行政処分の存在

1 申立人は中立労働組合連絡会議、全国産業別労働組合連合、東京地方労働組合評議会、日本社会党、憲法擁護国民連合と共に主催者となり、「反金権、田中角栄即時辞職要求、中曽根内閣糾弾一・二六中央集会」を昭和五八年一月二六日午後六時から豊島区内大塚公園で開催し、集会後午後七時から別紙集会・集団示威運動許可申請書(以下単に「申請書」という)記載のとおり、田中角栄邸前を通過するコースの集団示威運動を行なうことを決定し、被申立人に対し、同年一月二二日別紙申請書のとおり右集会及び集団示威運動の許可を申請した。

2 ところが、被申立人は別紙許可条件書記載のとおり申請による集団示威運動の進路を変更する旨の条件を付したうえで、右申請を許可する旨の条件付許可処分をなした。

二 右条件の違法無効

しかしながら右許可に付された条件は違法無効である。

1 都公安条例第三条の趣旨

集会・集団行進及び集団示威運動に関する条例(以下単に「都公安条例」という)第三条は、集団示威運動の申請があつた時は「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合の外は、これを許可しなければならない」と定めたうえ、同条但し書の一ないし六号に該当する事項について必要な条件を付することができるとしている。

しかしながら、これらの規定は憲法が保障し、かつ、民主政治にとつてきわめて重要な集団行動による表現の自由を制限するものであるから、いやしくも公安委員会がその権限を濫用し、公共の安寧の保持を口実にして、平穏で秩序ある集団行進運動を抑圧しないよう運用されなければならない。

即ち、集団示威運動の申請については、申請どおりの許可が原則として義務付けられているのであつて、条件を付する場合にも集団示威運動のもつ意思表現としての機能に制約を加えるようなことは許されず、規制は必要最少限かつ合理的な範囲にとどめなければならない。

都公安条例を憲法二一条に違反しないものであると認めた最高裁判所大法廷判決(昭和三五年七月二〇日、刑集一四巻九号一二四三頁)も、右三条によれば「許可が義務づけられており、不許可の場合が厳格に制限され」「実質において届出制とことなるところがない」との解釈のうえに立つている。従つて、前記都公安条例三条の「公安の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合」の具体的な運用が恣意に流れ、「公安委員会が権限を濫用し、公共の安寧の保持を口実にして平穏で秩序ある集団行動まで抑圧すること」(右判例より引用)があれば右処分は違法であり、かつ、憲法二一条に違反するものとなるのであつて、公安委員会が条件を付するにあたつて集団示威運動の目的やその当否、政治的反響を考慮して、許可、不許可の決定をしたり、条件を付したりすることが許されないことはいうまでもない。

2 本件示威運動の目的と田中邸前通過の必要性

(一) ところで前記の条件は、本件示威運動の性格・目的からみて欠くことのできない田中角栄邸前の通過を禁止し、後記の提灯デモが田中邸前を通過することを全面的に阻止するために付されたものであつて、田中邸前の道路上に関する限り、示威運動それ自体を禁止するものにほかならず、本件示威運動の目的を実質上無意味ならしめるものである。

(二) そもそも本件示威運動の目的は次の点にあつた。

即ち、田中角栄は現衆議院議員であるにとどまらず、元内閣総理大臣として行政の最高責任者としての地位にあつた者であり、現在でも政界のいわゆる実力者としてその影響力を保持していることは公知の事実である。同人は現在、総理大臣在職中の「犯罪」として戦後最大の疑獄事件といわれる、いわゆる「ロツキード疑獄」の被告人として東京地方裁判所において審理を受けており、本年一月二六日の公判では検察官の論告求刑が予定されている。

右論告求刑が近づくにつれ、政治倫理の確立・金権腐敗政治反対の世論はたかまり、田中角栄に対し議員辞職を要求する声は日増しに高まつている。金権腐敗の政治は民主政治の根幹をむしばむものであり、田中角栄批判の世論の高まりは、わが国の民主政治を維持発展させるうえで欠くことができない。

右のような点から、本件示威運動の成功は金権腐敗政治の是正と国民の表現の自由確保との二重の意味で極めて重要な意義を有する。

(三) 本件集団示威運動は右論告求刑の日にあわせて、反金権・田中角栄即時辞職要求を求める多くの国民の希望を体して企画されたものであり、労働団体、政党、市民団体など多数の参加が予定されており、広く注目されているものである。

従つて本件示威運動は参加者が田中角栄に対し辞任を求める世論の所在を直接示すところに最も切実な意味が存するのであつて、このような目的からすれば田中邸前を通過することは本件示威運動にとつて必要不可欠であり、このことが否定されるのであれば、本件示威運動そのものがその実質において否定されるに等しいものというべきである。

3 田中邸の性格

ちなみに、田中邸はいわゆる私邸ではあるが、専ら私的生活を営むための純粋の居宅とは全くその性格を異にしている。

周知のとおり田中邸内には、田中角栄が議員として活動するにあたつて拠点となる事務所があり、同人は連日押しかける陳情客を邸内の同事務所においてさばいているのである。(同邸は、今日「ロツキード疑獄」に代表される金権腐敗政治の象徴ともいうべきであり、ロツキード疑獄の収賄の合意もこの邸内でなされたとされている)。

また、同邸内には数百名を収容するホールが設けられており、きわめて多数の人が日常出入りしているのであつて、これらのことは報道機関の報道により周知の事実に属する。

以上の諸事実にかんがみれば、田中邸は純然たる私邸ではなく、田中角栄の政治活動の拠点として公的な性格を有しているというべきである。

4 本件示威運動の内容

本件示威運動の参加者は労働組合員を中心とし加えて社会党所属の国会議員一〇〇名以上の参加が予定されており、統制のある平穏な示威運動として企画されている。

また、示威運動の態様としても、参加者が提灯をささげ持つて歩く態様のものであつて(いわゆる提灯デモ)、抗議の意思を表明するにとどまるものであり、デモ隊列内に混乱が生じるおそれは全くない。

5 その他の諸条件について

(一) 申立人は田中邸の前の道路を通過するにあたつて、田中邸門前との直接の接触を避ける等の配慮から、同邸に接する車線の反対側車線を行進するように、進行コースを申請している。

(二) また同邸前の道路の幅員は従来申立人らが主催する各種デモにおいて通行が認められてきたコースと比較しても、特段狭いものではない。

(三) また、前記許可条件書には交通秩序維持に関する事項、危害防止に関する事項、秩序維持に関する事項など厳格な条件が付されており、申立人らの組織力で諸条件を遵守することは十分可能であるから、公共の秩序を害する事態が起こりえないことは明白である。

6 結論

以上述べたような諸事情を考慮するならば進路変更に関する許可条件は都公安条例三条に違反することはもとより、集会結社、表現の自由を保障した憲法二一条に反する違法且つ無効の処分であるとともに、公安条例に基づく条件付与にあたり、条例による羈束の範囲を逸脱したものとしても、違法且つ無効である。

三 執行停止の必要性・緊急性と回復しがたい損害の存在

申立人は本件処分の取消を求めるため御庁に訴訟を提起した。

しかしながら本件示威運動の目的からするならば国民の関心が集中的に盛り上がつている論告求刑の日である一月二六日において示威運動を行なうことに大きな意義があるのであり、本案訴訟の結論を待つていたのでは申立人の表現の自由は本件処分により回復しがたい損害を被ることは明らかである。

本件示威運動に向けて主催団体は一月二六日の論告求刑の日に焦点をあて、約六カ月前から準備し、多くの市民団体によびかけ企画の成功のために努力を傾注してきた。

もし、同日の示威運動が本件処分のような条件のもとで実施せざるをえなくなれば前に述べたとおり、その努力に要した労力と費用は無駄に帰することとなり、重大なこの時期において意思表示の機会を奪われ、回復し難い損害を受けることとなる。

よつて、申立人は本執行停止の申立に及ぶものである。

別紙許可条件書<省略>

別紙二

意見書

意見の趣旨

本件申立てを却下する

申立て費用は申立人の負担とする

との裁判を求める。

意見の理由

第一本件申立てにかかる処分手続の経過

申立人代理人隅元寅教は昭和五八年一月二二日午後五時四〇分ころ、警視庁大塚警察署に出頭し同警察署警備課を経由し、相手方公安委員会に対して申立人らが主催者となつて同月二六日行う集会及び集団示威運動(以下「集団行動」という)の許可を申請した。

そこで、相手方公安委員会は、同月二五日午後一時三〇分から委員長安西浩、委員今泉孝太郎、委員佐藤功、委員近藤龍一が出席して臨時委員会を開き、右申請にかかる集団行動の許否を審議したが右申請のとおりに許可するときは後述のとおり公共の秩序を保持することができないと認め、やむを得ざる措置として「集会、集団行動及び集団示威運動に関する条例(昭和二五年七月三日東京都条例第四四号)」(以下「公安条例」という)第三条第一項但し書きに基づき必要な条件を付して許可することとした(疎乙第一号証)。

そして、この旨を同月二五日午後三時五〇分警視庁大塚警察署警備課長をして申立人の代理人多賀克己に示達せしめた。

第二本件集団行動の性格

一 本件集団行動の設定経緯と目的

本件集団行動の主催団体の一つである日本労働組合総評議会(以下「総評」という)事務局長富塚三夫は、昭和五七年一二月二四日系列下の各単産委員長及び各県評議長に対し「反金権・政治倫理確立・田中角栄即時罷免・中曽根内閣糾弾を求める一連の行動計画(案)の準備体制について」と称する通知を行い、ロツキード裁判の被告人である田中角栄衆議院議員(以下「田中議員」という)に対する論告求刑の行われる昭和五八年一月二六日を起点にして反金権・反田中とロツキード事件に関連する国会議員の辞任を求めて一大国民運動を起こすべく行動を計画した(疎乙第二乃至五号証)。

そして、その具体的行動の一環として、昭和五八年一月一七日午後六時から総評議長槇枝元文の呼掛けにより日本社会党、総評、中立労働組合連絡会議、全国産業別労働組合連合、東京地方労働組合評議会、憲法擁護国民連合、統一戦線促進労働組合懇談会(以下これらを総称して「主催団体」という)から代表者約一四〇名が参加し、「一九八三年反戦・反核・軍縮・政治倫理確立・中曽根内閣糾弾各界代表者会議」を開催して「八三年反戦・平和闘争」、「田中角栄の辞職を求める国民運動」、「八三年政治決戦に向けた闘い」等について協議した(疎乙第三、六号証)。

この中で、昭和五八年一月二六日の東京都内における行動としては

<1> 早朝駅頭行動

一月二六日午前八時から同九時までの間東京駅、有楽町駅、池袋駅、新宿駅、渋谷駅、立川駅において、日本社会党議員や傘下組合員等それぞれ一〇〇名程度を動員して街頭宣伝行動を行う。

<2> 反金権・政治倫理確立・田中角栄即時辞職・中曽根内閣糾弾一、二六中央集会

一月二六日午後六時文京区大塚四丁目四九番地所在大塚公園に二万人以上を動員して右中央集会を実施した後、同午後七時同所から不忍通り、目白通りを通り、文京区関口二丁目三番地所在日本道路公団駐車場前(高速道路下)まで提灯等を用いて(疎乙第四号証)集団示威運動を行い、右区間内に所在する文京区目白台一丁目一九番一二号田中議員私邸前において、同議員の辞職を要求して「反金権」「田中角栄即時辞職」等のシユプレヒコールを行うこととしている(疎乙第二乃至六号証)。

二 主催団体等の行動実態

1 主催団体等の性格と行動歴

本件集団行動の主催団体である日本社会党や総評などによる大量動員集団行動においては、下部組合員が幹部に造反し過激な行動にでたり、また各幹部もこれを統制することができず指導力の低下が取り沙汰されており、また、これら主催団体内の一部跳ね上りグループや反戦グループなどは主催者の統制に従わず違法行為さえも敢行している(疎乙第五、七、八、九号証)。

このことは集団行動の場においても例外ではなく、本件集団行動の主催者である総評主催の過去の集団行動等においても、毎年違法行為者が検挙されているのである(疎乙第五、七、八号証)。

さらに、これとは別に後述の本件集団行動に参加を呼びかけている極左暴力集団は、これらの大量動員集会や集団行動を、騒ぎを起こす格好の舞台としてとらえ、これに押しかけ参加し、主催者の統制に服さない徒輩と呼号し、混乱をひき起こすチヤンスを狙つているのである。

ことに、本件集団行動については、主催者である総評の事務局長富塚三夫が昭和五八年一月一八日総評会館で行われた労働セミナーの席上で、本件集団行動についてふれ「参加する者は拒まず、選別したりしない。しかし、その行動について、総評は関知しない。」旨述べている点に照らしてみても、違法状態の現出される危険性が明らかである(疎乙第五、九号証)。

即ち、右目的にさえ賛同すれば極左暴力集団であろうと、右翼団体であろうと、その参加は拒まないが、しかし責任もまた持たないというのである。

かかる参加方式において、極左暴力集団が参加し、違法行為を行い検挙された事例として、昭和五七年度中だけでも

<1> 昭和五七年五月二三日、総評が積極的に取り組んだ「五・二三反核東京行動」に極左暴力集団が結集し、公務執行妨害罪で検挙されたものもいる(疎乙第五号証)。

<2> 昭和五七年一〇月二一日総評主催の「一〇・二一国際反戦デー中央集会」の会場内外に極左暴力集団七団体がこれに参加し、内八五〇名が集団行動に加わつて、違法行為を繰り返し、うち数名が検挙されている(疎乙第五号証)。

などがある。

2 主催団体の本件集団行動をめぐる動向

本件集団行動の主催者として二万人以上もの動員指令を行つている総評は、昭和五七年一〇月一二日の第一回拡大評議員会で秋季年末闘争方針の柱として、政治倫理の確立をはじめて課題として取りあげた。

その後、中曽根内閣の誕生を機に、「中曽根内閣は金権政治、軍拡路線を押しすすめる。」と批判し、反金権・政治倫理の確立・田中角栄即時罷免・中曽根内閣糾弾等を求める一連の行動計画を準備し、本件主催団体等にこれを呼びかけた(疎乙第一〇号証)。

そして、昭和五八年一月一三日総評大衆行動指導委員会において、同月二六日ロツキード事件田中角栄被告に対する論告求刑が行われるのを機に、ロツキード事件汚職議員の辞職を求める行動を、東京、新潟、北海道、岡山、鹿児島で行うこと及び全国各県ごとの行動を行うことを協議確認し、同月一四日の第三回評議員会で決定し、これを同日付けで、傘下の各組合に伝え二万人以上の動員指令を発したほか、本件集団行動を盛りあげるために「金権汚職」、「角栄御用」等の提灯約二万個を準備するとともに、前述のとおり、同年一月一七日には本件主催団体代表者会議を開催し、本件集団行動の具体的行動の実施について確認した(疎乙第五号証)。

3 極左暴力集団の本件集団行動当日の行動計画

(一) 極左暴力集団革命的共産主義者同盟全国委員会の動向

極左暴力集団革命的共産主義者同盟全国委員会(以下「中核派」という)は、昭和五八年一月一七日付の同派の機関紙「前進」において、当面する第一の任務として「一・二六ロツキード裁判をめぐつて中曽根、田中との全面対決を強めなくてはならない」と主張し、また一月二四日付「前進」においては「一・二六ロツキード闘争に決起せよ」との大見出しのもとに「一・二六総評など労働四団体主催のロツキード弾劾・中曽根=田中内閣打倒集会(文京区・大塚公園)に総決起し、その最先頭にたつてたたかいぬかなければならない。」との激越な言辞をもつて本件集団行動への参加を呼びかけている(疎乙第一一号証)。

また、同一月一六日の中曽根総理訪米阻止闘争の集会において同派の鎌田雅志全学連委員長は、「一・二六ロツキード弾劾のための大塚公園で開かれる総評等の主催の集会に参加してその最先頭で闘いぬく。」旨の決意表明を行うなど本件集団行動に対する同派の取組みには、極めて強いものがある(疎乙第一二乃至一四号証)。

(二) 極左暴力集団日本革命的共産主義者同盟の動向

日本革命的共産主義者同盟(以下「第四インター」という)は、昭和五八年一月一八日「日本首脳会談粉砕集会」において、同派の最高幹部である酒井与七こと山本統敏が一〇年ぶりに街頭闘争で演説に立ち「社会党、共産党、総評のような無力な闘いではなく、我々が労働者の中に中曽根打倒の独自的な闘いを作りあげていくのだ」などと発言して(疎乙第一五の一、一五の二号証)暗に暴力的不法行為の必要性を訴え、また、日本大学学生阿部 光が「総評が田中私邸に対する提灯デモを予定しているがこのようななまやさしいものではなく、我々も弾劾の声をあげていく」旨述べて、これまた、暗に武装闘争の必要性を煽り、更に、氏名不詳の男が本件集団行動への参加を呼びかけている(疎乙第一五の一、一五の二、一六号証)。

4 極左暴力集団の過去における違法行為の実態と本件集団行動

(一) 武装闘争の推移

これら中核派や第四インター等の極左暴力集団は、昭和四二年の羽田闘争や成田闘争当時、警察部隊に対して真正面からの攻撃をしかけたが、その後こうした攻撃がむずかしくなると、分散、奇襲、陽動のゲリラ的行動に変わり、さらにこのゲリラは新宿騒擾事件(昭和四三年一〇月一日)のように人の密集するターミナル駅や目抜き通りで市民を巻き込みながら警察部隊に攻撃をしかけるというものから、さらには昭和四四年「一〇、二一国際反戦デー」当時から誰かれの見さかいのない過激な行動をとるに至り、世間から見離されて孤立化するとともに、その手口と行動の重点を「凶悪なゲリラ」、「テロ」へと移行してきていることは公知のとおりである。

(二) 極左暴力集団中核派の過去における違法行為の実態

極左暴力集団中核派は、昭和三七年一二月ころに結成され、右の行動形態をとりながら、極左暴力集団の中でも特に「対権力闘争」に強い取組みをみせており、同派の不法事犯は枚挙にいとまがないが、同派がいかに過激かつ凶悪な集団であるかは、同派の過去における違法行為の実態に照らしてみても明らかである。

<1> 同派は、昭和四六年一一月一九日の松本楼焼打ちなどの日比谷暴動事件を敢行し、四〇〇名以上が検挙されているほか、同年一一月一四日警備中の警察官が殺害された、いわゆる「渋谷暴動事件」でも無法の限りを尽くし二〇〇名近くの者が検挙されている。

<2> また、同派は昭和五二年五月二三日代々木公園B地区において開催された狭山闘争に参加したうえ、数々の不法行為を敢行するとともに内ゲバ、ゲリラ事件をひき起こし、昭和四四年以降同派が敢行した内ゲバ事件での死者は、四二名(うち都内二三名)をかぞえ、その凶悪ぶりは、まさに、言語に絶するものがある(疎乙第一八号証)。

<3> さらに、同派は昭和四七年以降一二五件(うち都内二〇件)のゲリラ活動を敢行し、近年これらが一段と多発化の傾向を示し、手段方法が、きわめて悪質巧妙化しており、とりわけ昭和五〇年九月四日の東宮御所付近における爆弾所持事件、昭和五六年六月八日の運輸省に対する火焔放射機事件、同五七年五月七日内堀通り車両焼燬事件を敢行するなど、自派集団の主義主張のためには人命殺傷をも辞さないという極めて過激かつ凶悪な集団である(疎乙第一七乃至二四号証)。

(三) 極左暴力集団第四インターの過去における違法行為の実態

一方、第四インターは昭和四〇年二月ころに結成され、中核派と同じような行動形態をとりながら不法事犯を繰り返しており、同派がいかに過激かつ凶悪な集団であるかについても同派の過去の違法行為の実態に照らして明らかである。

<1> 同派は、昭和四八年六月三〇日フランスの核実験に反対する意図のもとに、港区南麻布四丁目一一番四四号所在の在日フランス大使館内に一二名が乱入するというゲリラ行動を敢行している(疎乙第二五号証)。

<2> また、昭和五〇年九月一三日の日韓閣僚会議粉砕デモでは約五〇〇名が参加したうえ、デモ行進中の混乱に乗じてそのうちの四〇名が突如として外務省の鉄柵を乗り越えて、同省中庭に侵入し大混乱を巻き起こしている(疎乙第二六号証)。

<3> 更に同派は、昭和五三年三月三〇日の新東京国際空港の開港予定日を目前にした同年三月二六日の「三、二六開港阻止闘争」に参加したうえ、約三〇〇名が改造トラツクや火焔自動車を使用して空港内に侵入し、更に別動隊一五名が管制塔に乱入して機器類を破壊し、そのため開港が一時延期されるという極めて凶悪かつ重大な犯罪を敢行している(疎乙第二七号証、同第二八号証)。

(四) 極左暴力集団と本件集団行動

極左暴力集団の中核派や第四インターが本件集団行動への参加を決定していることについては、前述したとおりである。

ところで、中核派や第四インターが本件集団行動に参加した場合、これら極左暴力集団の過去における違法行為の実態に照らしてみても明らかなとおり、ありとあらゆる不法行為が敢行されるであろうことは容易に推認できるところである。

特に、本件集団行動は主催者側による統制力が全く期待できず、しかも同行動が過去に例をみない一個人の私邸に向けられたものであることなどを合わせ考慮するとき、本件集団行動に伴う危険発生の蓋然性は極めて高くなるものとみなければならない。

すなわち、中核派や第四インターは本件集団行動を自らの手で混乱に陥し入れたうえ、その混乱に乗じて私邸に向けて投石や火焔ビン投てきを行い、あるいは邸内に侵入し、更にはその周辺においてありとあらゆるゲリラ行動を敢行するであろうことは明らかに予想されるところであり、このためその個人はもとより、その家族、関係者、更には近隣居住者等の私生活の平穏が阻害されその生命、身体、財産にも重大な危険が及ぶこととなるのである。

第三本件集団行動の行進順路を変更する条件を付した理由

一 本件申請にかかる目白通り及び同周辺は大規模集団示威行進に適しない環境である。

1 目白通りの特殊事情

(一) 道路の状況

目白通りは、片側二車線で西方は明治通り、山手通り、豊玉通りに通じ、北方は不忍通りを経由して音羽通り、春日通り、川越街道に通じる主要幹線補助道路であるが、道路構造令上は第四種第二級に該当する道路で、本来この種道路については、一車線の幅員が三メートル以上必要のところ、場所によつては約二、三メートルの幅員しか確保されていない道路であり、また、関口三丁目バス停から音羽一丁目交差点に至る間の約二八五メートルは、勾配の急な下り坂(勾配八パーセント)となつている(疎乙第二九、三〇、三七号証)。

(二) 交通の状況

目白通りの交通は、本件集団示威行進の出発予定時間である午後七時ころから目白通りを通過終了予想時間である午後一一時ころまでの間、目白駅方向から音羽一丁目方向一、九四四台、音羽一丁目方向から目白駅方向一、六九二台、上下あわせると三、六三六台の車両が通行し、殊に同時間帯における定期路線バス(都営交通)が練馬車庫発新宿駅西口行一一本、新宿駅西口発練馬車庫行が一七本運行している(疎乙第三一、三二号証)。

(三) 交通規制の状況

本件申請にかかる目白通りは、最高速度時速四〇キロメートルで一部(文京区関口二丁目四番九号から同二丁目九番までの間)は、最高速度三〇キロメートルと指定されている(疎乙第二九号証)。

また、同通りは終日駐車禁止、転回禁止、歩行者横断禁止、一部追い越しはみ出し禁止の交通規制がなされている(疎乙第二九号証)。

(四) 交通事故の発生状況

本件申請にかかる目白通りの昭和五七年中における交通事故は、九件発生しており、そのうち四件が接触事故、五件が追突事故となつている(疎乙第二九号証)。

2 目白通り沿線の特殊事情

目白通り沿線の目白台二丁目交差点から音羽一丁目交差点に至る間の大部分は、都市計画法による第一種住居専用地域と指定され、右指定地域は東京都公害防止条例第五五条により午前八時から午後七時までの間は四五ホーン以下、その他の時間帯は四〇ホーン以下と定められている閑静な住居地域であり、中でも関口二丁目地区は地域住民の要望にもとづき夜間における静穏を図るため安眠ゾーンとして指定されている(疎乙第三三乃至三五号証)。

3 本件集団示威行進の特殊性

本件集団示威行進は参加予定人員二万名で、それぞれが提灯を所持し、二五台の宣伝車が街頭宣伝を行い、一個人の私邸前においてシユプレヒコールを行うものである(疎乙第一、四、六、三六号証)。

二 本件集団示威行進を許可申請どおりに許可することにより、交通上多大な支障を来たし、公共の秩序に重大な影響を与える。

1 目白通りは道路構造令からみても明らかなとおり、いわゆる欠陥道路であるが、申立人が申請する集団示威行進を五列で進行させると、同行進に五メートル以上(通常デモの占有面積は一人一平方メートルとされている。)の道路幅員を必要とし、その右側には交通整理要員として警察官の配置が必要となることから、本件集団示威行進に要する必要最低限度の道路占有幅は六メートルとなり、本件目白通りの片側車線はすべて本件集団示威行進のために占領されることとなる(疎乙第三六号証)。

そして、本件集団示威行進に片側車線を費やすことは、目白台二丁目交差点から音羽一丁目交差点方向(以下「下り」という)に向う車両は、本来音羽一丁目交差点から目白台二丁目交差点方向(以下「上り」という)に進行する逆行車線を通行させざるを得なくなるのであるが、右目白通りの下り車線の幅員も片側四・七一メートルと幅員が極端に狭い部分があり、路線バスを含む大型車両の車幅が最高二・五メートル(車両制限令)であることや、夜間で対向車線車両によるヘツドライトの眩惑等のため、正面衝突等の重大交通事故を惹起する可能性が極めて大であることからして、相互通行は不可能である(疎乙第三七号証)。

また、目白通りの下り車線は、平常時においては辛うじて二車線で通行している道路であるが、集団示威行進参加者の一個人私邸前でのシユプレヒコールのための渋滞や、右片側四・七一メートルの部分などにおいては、集団示威行進参加者が、下り車線まではみ出すことが十分考えられ、右車線においても一車線通行を強いられることとなる(疎乙第四、三〇、三七号証)。

してみれば、目白通りの右申請場所付近における通行可能な車両は、仮に右集団示威行進が平穏に行進した場合においても平常の四分の一で、他の四分の三すなわち約二、七二七台の車両が右場所を通行することが不可能となるのである。

なお、本件集団示威行進には、中核派等の極左暴力集団が参加することは明らかなところ、同集団が目標とする一個人私邸前において、警察官の制止を排して反対側車線にはみ出して蛇行進、うず巻き行進等を行うことは同集団の過去の行動などから十分考えられるところであり、そうした事態が発生することによつて、本件申請にかかる目白通りの交通は完全にストツプすることとなり、目白通りを通行する全車両が通行不可能となることは明らかである(疎乙第三一、三七、三八号証)。

2 そして、これらの車両を迂回させるためには、目白駅方向から来る車両は明治通り、飯田橋方向から来て目白通りを経て目白駅方向に向かう車両は放射七号線しかない。しかし、明治通りは道路構造令上第四種第一級の主要幹線道路で常に渋滞が激しい道路であり、また、放射七号線は明治通り方向に進行した新宿区西早稲田一丁目付近で途切れて、明治通り方向に一車線の一方通行路となつており、いずれの道路に迂回させても迂回道路そのものが渋滞して混乱を来たし、付近の道路は麻痺状態となるばかりでなく重大交通事故を誘発することも十分考えられ、交通の安全を著しく阻害することとなる(疎乙第三〇、三七、三八号証)。

3 ところで、本件集団示威行進は、二万人の者が手に手に提灯を下げて行進し、一個人私邸前においてはシユプレヒコールを行うというものであるが、仮に一個梯団を二五〇名とし、その隊列を五列として行進した場合において、前の梯団と後続する梯団との間におおむね一梯団の距離をあけて行進させるとすれば、デモ全体の長さは八、〇〇〇メートル(二〇、〇〇〇名÷二五〇名=八〇梯団、八〇梯団×五〇メートル×二=八、〇〇〇メートル)となり、申請による集団示威行進のコースの距離が二、九五〇メートルであることから集団示威行進の先頭が順調に進行して解散地に到着しても未だ六四パーセントすなわち一二、八〇〇名は集会場所に佇立していることとなり、これらの者がすべて解散地に到着するには順調に進行したとしても通常デモの速度(一キロメートルを二〇分)より進行速度が遅い提灯デモの特殊性から、三時間以上の時間を要し、この間目白通りにおける右のような障害が継続して存在することとなるのである(疎乙第一、四、六、三六、三八号証)。

4 また、右申請にかかる目白通りの上り車線には、バス停留所が三ケ所あり、集団示威行進参加者が通過する時間帯である午後七時三〇分ころから同一〇時四五分ころまでの間に一一本の路線バスが通過し、上りだけでも約一一〇名の乗降客があるのであるが、これらのバスを迂回させることは右乗降客に多大な不利益を被らせることとなり、更に万難を排して路線バスを通行させることとして、そのバスが所定の停留所に停車してもデモ行進が通過している時点においては乗降客を乗降させることはできず、当該バスは一個梯団が通過し終るまでバス停留所付近で停車を余儀なくされることとなり、目白通りにおける交通渋滞は最高の極に達するばかりでなく、乗降客と宣伝車との接触事故や乗降客と集団示威行進参加者との衝突なども十分考えられ交通の危険を生じせしめるのである(疎乙第三二、三七、三八号証)。

5 そして、集団示威運動参加者の最終梯団が集会場所を出発する午後九時四五分ころの交通渋滞は、目白通りの上りが約二・二キロメートル(七二〇台)、不忍通りの内回りが約四・四キロメートル(一、四七〇台)、春日通りの上りが約三・一キロメートル(一、〇四〇台)、音羽通りの上りが約一・四キロメートル(六八〇台)、同通りの下りが約一・六キロメートル(五二〇台)、首都高速五号線の下りが護国寺ランプから約七キロメートル(二、三〇〇台)と予想され(疎乙第三八号証)車両一台に一名しか乗車していなかつたとしても約六、七三〇名の者が著しく迷惑を被ることとなる。

6 また右渋滞予想地域内には警察署二署(大塚警察署、目白警察署)、消防署出張所二か所(小石川消防署老松出張所、豊島消防署目白出張所)、救急病院一か所(東京大学医学部附属病院分院)があり、殺人事件等の凶悪事件、火災、急病人等が出た場合にその目的を達することが不可能ないし極めて困難となる(疎乙第三九証)。

7 そしてまた、本件申請における解散地付近から目白台二丁目交差点方向に向つて約二〇〇メートルは勾配八度の急な坂となつており、集団示威行進参加者が解散地に向かうためには勾配の急な下り坂を行進することとなり、右参加者の心理状態として、目的とする場所を通過した安堵感からかけ足行進をして将棋倒し等不測の事態に発展する可能性も大である(疎乙第二九号証)。

8 そもそも、右申請の如き二万名もの大規模集団行進は、日比谷公園、明治公園、代々木公園等を中心とした都心部において代替道路、迂回道路等を配慮して申請されるものであるのが一般的であるところ、本件申請は右のような観点に立たず、あえて集団示威行進を行うには適しない劣悪な道路環境にある目白通りを選んで二万名もの大規模な集団示威行進を実施しようとするものであり、これはいわば目的のためには、手段を選ばずに等しく相手方公安委員会は右のような劣悪な環境下の道路における大規模な集団示威行進の許可申請を受けたこと及びこれを許可した前例はないのである。

9 また、道路における集団行動は、その同じ場所を利用する一般市民の交通上の利便を不当に侵害したり、又は付近住民の平穏な生活を不当にかく乱するものであつてはならないのである(昭45・3・7札幌地裁判決・判例タイムズ・二四九・二九三)。

10 結語

以上述べたとおり相手方公安委員会は、本件申請に係る集団示威行進を申請通りに許可するときは、目白通りは言うに及ばず、目白通り周辺の明治通り、山手通り、不忍通り、音羽通り、春日通り、川越街道、放射七号線の交通は完全に麻痺し、多数の者に多大な迷惑をかけるばかりでなく、交通上重大な支障を及ぼし、かつ重大交通事故や交通混乱に乗じた不測の事態の発生も容易に予想され、公共の秩序に重大な影響を及ぼすことが明らかなるところから本件申請に条件を付して許可したものである。

三 本件集団行動の危険性と私住居の平穏に対する侵害

相手方公安委員会が、申立人申請にかかる本件集団行動をその申請どおり許可するときは、同行動に伴う危険発生の蓋然性が極めて高くなり、私住居の平穏が著しく阻害されることになるとともに、個人の生命、身体、財産にも重大な危険が生ずることとなるのである。

1 本件集団行動と私住居の平穏

およそ集団示威行進は、通常一般大衆に訴えんとする政治、経済、労働、世界観等に関する何らかの思想、主張、感情等の表現を内包するものであり、この点において集団行動には表現の自由として憲法によつて保障されるべき要素が存在することは多言を要しないところであるが、一方において国民は個人として尊重され、そのプライバシーや私住居の平穏が保障されていることもまた憲法第一三条の趣旨に照らして明らかである。

しかし、国民に保障されたこれらの自由及び権利は濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負つていることも論をまたないところである。

また国民に保障された自由や権利は、国民が平等に保持しているものであつて、そのいずれかが優先するというものでもないことから、ここにいう表現の自由と私住居の平穏とが相互に対立することとなつた場合においては、表現の自由を制約することによつて受ける不利益と私住居の平穏が侵害されることによつて生ずる不利益とを比較衡量したうえ、公共の福祉により合理的な制限が加えられるものであることもまた当然のことといわなければならない。

2 本件集団示威行進の危険性

(一) 集団示威行進に内在する危険性

「ところで集団行動による思想等の表現は単なる言論出版等によるものとは異なつて、現在する多数人の集合体自体の力、つまり潜在する一種の物理的力によつて支配されていることを特徴とするものであり、かような潜在的な力は、あるいは予想された計画に従い、あるいは突発的に内外からの刺激、煽動等によつて極めて容易に動員され得る性質のものである。

この場合に平穏静粛な集団であつても、時に昂奮、激昂の渦中に巻き込まれ、甚だしい場合には一瞬にして暴徒と化し、勢いの赴くところ実力によつて法と秩序を蹂躙し、集団行動の指導者はもちろん、警察力を以てしても如何ともし得ないような事態に発展する危険が存在すること、群衆心理の法則と現実の経験に徴して明らかである。」(昭和三五年七月二〇日最高裁大法廷判決 刑集一四巻九号一二四三頁)

このように集団示威行進は、危険発生の可能性を常に内包しているものであるところ、その行動目標が、特定の対象、とりわけ一個人に対して向けられ、しかも当該集団の成員が、そのために集合し行動しているものであつてみれば、当該行動に伴う危険発生の蓋然性は極めて高くなるものであることはいうまでもない。

(二) 本件集団示威行進

本件集団示威行進は、二万人以上もの大規模動員のもとに「反金権・田中角栄即時辞職要求・中曽根内閣糾弾」と銘打つて行われるものではあるが、

○ 総評国民運動局なる団体が作成した「反金権・政治倫理確立・田中角栄即時辞職・中曽根内閣糾弾を求める一連の行動計画(案)の準備体制について」と題する資料の記載内容、とりわけ同内容中に本件集団示威行進のデモ形態として「田中邸前においてシユプレヒコールを行う」との記載があること(疎乙第四、六、三六号証)。

○ 極左暴力集団の中核派が、その機関紙「前進」において「1・26ロツキード闘争に決起せよ」との大見出しをつけて本件集団示威行進への参加を呼びかけ、あるいは、その内容において「我々は83年三里塚二期決戦勝利、中曽根打倒のたたかいの環にロツキード汚職徹底弾劾を大胆に位置づけ金権腐敗の中曽根=田中内閣打倒をかかげ、総評など労働四団体主催のロツキード弾劾、中曽根=田中内閣打倒集会に総決起し、その最先頭でたたかつていかなければならない」との激越な表現をもつて、本件集団行動への参加を表明していること(疎乙第一一乃至一四号証)。

○ その他中核派は、その機関紙「前進」において「日帝田中の野望に鉄槌を打ちおろさなければならない」などと述べている(疎乙第一七の二号証)が、このことは同派の過去における凶悪な行動実態からみても明らかなとおり、特定個人に対するテロ、ゲリラ行動を公然と打出していること(疎乙第一七乃至二四号証)。

○ 一方本件集団行動への参加を表明している第四インターは、去る一月一八日の集会で、「総評が田中私邸に対するちようちんデモを予定しているが、このようなまやかしではなく、我々は総評にかわる強硬な闘いを作りあげる必要がある」との発言を行つているが、ここにいう「強硬な闘い」とは、一個人ないしはその私邸等に対する暴力的不法行為を意味するものであることは、同集団の過去の行動実態に照らして明らかであること(疎乙第一五、一六、一八、二三乃至二八号証)。

○ その他本件集団示威行進の設定経緯や行進経路等に照らせば、本件集団示威行進が二万人もの多衆の威力をもつて一個人を糾弾するため、その私邸に向けて実施されるものであることは明らかである。

(三) 本件集団示威行進の危険性

そして、本件集団示威行進が、その申請どおりに行われ、二万人もの大多数の集団が一個人の私邸前に至つたと仮定した場合、前述の集団行動に内在する危険性や本件集団行進の目的などからみて明らかなとおり、同所における本件集団行進は、単に平穏なシユプレヒコールにとどまるなどということは到底考えられないところである。

すなわち、同所におけるシユプレヒコールは、当然のこととして一個人やその家族関係者の人格を全く無視した悪口雑言、脅迫的言辞にまで発展し、また、同所においては長時間に亘る停滞、座り込み、蛇行進、うず巻き行進等の違法行為が行われ、その混乱に乗じて同私邸に向けて投石が行われ、あるいは火焔びんが投てきされるなど法と秩序を蹂躙するあらゆる不法行為が、勢いの赴くところに従つて行われるであろうことが容易に推認できるのである。

そしてこのため、その個人やその家族、関係者の私生活の平穏が阻害され、あるいは、その生命、身体、財産が危険にさらされ、ひいては本件行動とは何らの関係もない近隣の居住者、通行人等の生命、身体、財産にも危険が及ぶこととなるのである。

(四) 個人の生命、身体、財産に対する直接行動の危険性

本件集団行動の主催者側は、「参加する者はすべて参加させる」との方針を打出しておきながら、一方においては、「参加した者の行動については関知しない」との発言を行つている(疎乙第五、九号証)。

このことは、本件集団行動の主催者側の統制力の欠如を明確に示すものというべきであり、特に本件集団行動に極左暴力集団各派が参加することとなつた場合、同集団に対する主催者側の統制力は全く期待し得ないところである。

(1) 極左暴力集団による直接行動の危険性

このような状況下にあつて極左暴力集団中核派は、前述のとおりその機関紙「前進」において「1・26ロツキード闘争に結集せよ」との檄をとばし、あるいは、その機関紙において「本件集会に参加し、その最先頭にたつてたたかつていかなければならない」などとの、これまた激越な言辞をもつて、本件集団行動への参加を決定し、さらにまた、その機関紙において特定個人に対し鉄槌を加えなければならないなどと述べて、その個人に対する直接行動の必要性を公然と打出している(疎乙第一一、一七の二号証)が、同集団が本件集団示威行進に参加した場合、その混乱に乗じて無法の限りを尽すであろうことは容易に推認できるところである。

すなわち、中核派は、現在まで警察官殺害事件など多数の極悪非道な殺人事件をはじめ、東宮御所に対する爆弾事件、運輸省に対する火焔放射機発射事件、内堀通り車両焼燬事件など多数のテロ、ゲリラ事件を敢行している極めて過激かつ凶悪な集団であることなどから(疎乙第二〇乃至二二号証)、本件集団示威行進の無統制状態を活用して自らが本件集団示威行進を混乱に陥し入れ、特にその個人の私邸前の混乱に乗じて同私邸内への突入を図り、あるいは爆弾、火焔びんなどで同私邸への攻撃を加えるなどのゲリラ行動、更に進んでその個人やその家族、関係者の生命、身体に対するテロ行為など直接行動に出る危険性が極めて高いものといわなければならない。

ちなみに、これら極左暴力集団によるゲリラなどの凶悪犯罪は、極めて穏密裡に行われるものであること公知の事実であり、いかに警察力をもつてしても、これを未然には握し必要な措置を講じていくことはおよそ不可能なことなのである。

従つて、極左暴力集団中核派が、本件集団示威行進に伴う一個人の私邸前の混乱に乗じて、テロ、ゲリラなど凶悪犯罪を敢行することになれば、これを防止することは極めて困難であり、そのためその個人や家族関係者が身の危険にさらされることはもとより、本件集団行動とは何の関係もない近隣居住者や通行人などの生命、身体、財産にもその危険が及ぶことになるのである。

また、本件集団行動には、極左暴力集団第四インターも参加を表明しているが、同集団も「提灯デモのようなまやかしではなく、総評にかわる強硬な闘いをつくりあげる必要がある。」などと述べて、暴力的不法行為を行うことを公然と打出しているうえ同集団も成田管制塔襲撃占拠に代表されるように自己集団の主義主張のためには、いわゆる武力闘争も辞さないという極めて過激な集団である(疎乙第一五の一、一八、二三乃至二八号証)。

従つて、この集団が本件集団示威行進に参加した場合、一個人の私邸への突入を図り、あるいは火焔びんを投てきし、さらにはその個人及びその家族、関係者の生命、身体、財産に対する加害行為に出る可能性も充分に予想されるところである。そしてまた、これにより、本件集団示威行進とは何らの関係もない付近住民や通行人までが、その危険にさらされることは明らかである。

(2) その他の動向

本件集団行動は、約二万名もの大多数の人員を動員したうえ夜間に行われるものであり、参加者の選別が極めて困難であること、統制力の欠如、極左暴力集団の中核派、第四インターの参加などからみて本件集団示威行進が混乱に陥るであろうことは必至の情勢にあること、本件集団行動への参加は自由であることから表見的には本件集団行動への参加を表明していないその他の極左暴力集団各派もこれを機として本件集団示威行進にまぎれ込み、特定個人に対するテロ、ゲリラ行動を敢行する可能性も存在するのである。

(五) 本件集団示威行進に対する規制の必要性

(1) 本件集団示威行進に伴う危険発生の蓋然性

このようにみてくると、本件集団示威行進がその申請どおり実施されることになると、一個人の私住居に対する平穏が著しく阻害されることはもとより、その家族、関係者の生命、身体、財産が極めて危険な状態におかれることとなり、またそれにより本件集団示威行進とは何の関係もない付近の住民や通行人などまでもが多大な危険にさらされることとなることは言うまでもない。

(2) 基本的人権の本質

ところで、その一個人が、仮に刑事被告人であつて、しかも公職の身分を有する者であつてもその基本的人権が全く無視されてよいとする法理は存在しない。

そして、公職の立場にある者としては、国会議員、裁判官、検察官、外交官などをはじめとする全ての公務員がこれに該当することとなるが、これら公務員である者が刑事被告人となつた場合、そのことの故をもつて本件の如き集団示威行進を受忍すべきであるとするならば、これら刑事被告人である公務員はもとよりその家族、関係者更にはその近隣居住者などまでもが常に大多数の集団の威力によつて私生活の平穏が侵害され、家族団らんの時を過ごすことすら許されないということになり、更にはその生命、身体、財産まで危険にさらされるという結果になるのであるが、それは公職にあり他面刑事被告人の立場にある者やその家族、関係者更には近隣居住者などに対し、余りにも過酷を強いるものであると言わざるを得ない。

(3) 公序良俗違反

本件集団示威行進が、最大の目的としている国会議員に対する辞職要求は、憲法第一六条に基づく請願権の範囲において行われるべきものであり、大多数の集団の威力を示して個人、とりわけその私邸に向けて行われるべき筋合いのものではなく、また、刑事被告人は、公正な裁判所の厳粛な審判によつて裁かれるべき立場にあり、裁判権を有しない一般大衆によつて裁かれるべき立場にはないものであること等を考慮するとき、本件集団行動は、すでにその前提において公序良俗に反するものであること明らかである。

しかも、本件集団示威行進は、個人に圧力を加える目的をもつて行われるものであるところ、このような行動が許されることとなれば、今後ありとあらゆる人々に対して、この種の行動が続発し、その集団示威行進の目標となつた個人はもとより、家族、関係者、近隣の居住者などは、絶えずこれら集団の圧力によつて、私生活の平穏や、その生命、身体、財産が危険な状態に置かれるという極めて不合理な結果を招来することとなるのであり、このようなことが許されてならないこともまた明らかである。

してみれば、本件の如き行動に対して行政庁が制限を加えることは、むしろ当然のことなのである。

以上のとおり一個人を弾劾するため、その私邸前を行進順路とする本件集団行動は、すでに憲法第二一条によつて保障された表現の自由の範囲を逸脱し、私住居の平穏やその生命、身体、財産を侵害するものであること明らかであり、これが公安条例第三条第一項に規定する「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合」あるいは同条第一項第六号の「公共の秩序を保持するためやむを得ない場合」に該当するものであることもまた明らかであるから、これに対し当公安委員会が、進路を変更する条件を付して許可したとしても何ら国民の憲法上の正当な行使を阻害することとはならないのである。

第四本件処分の適法性

本件集団行動が、その申請どおりに行われた場合、それにより道路交通上重大な障害が生じ、あるいは私住居の平穏が著しく阻害され、さらには人の生命、身体、財産に危険が及ぶものであることが明らかである。

そのため、相手方公安委員会は、道路交通上の障害を防止し、公共の安全と秩序を保持するため、必要やむを得ない措置として、本件集団行動の進路を一部変更する条件を付して、これを許可したのであるから、本件処分には何ら違法な点は存しないのである。

第五本件処分について回復困難な損害を避けるための緊急の必要性がない。

一 行政事件訴訟法第二五条第二項に規定するいわゆる執行停止の要件たる「回復困難な損害」に該当するか否かの判断は、具体的な場合に応じ、社会通念によつて決せられるべきものであるから(同旨判例~東京高裁昭和二八年七月一八日決定、行裁例集四巻七号一六二六頁)、その判断の要旨となるものは、単に当該集団示威運動の目的が当該処分によつてどの程度侵害されたか否か、あるいは、当該申請にかかる進路が当該処分によつてどの程度変更されたか否かなどの点に限定されるものでないことは明らかである。

そしてこのことは、東京都公安条例に基づく集団示威運動の許可に付された条件(進路の変更)の執行停止申立について、「回復困難な損害を避けるため緊急の必要がある」として、右条件の効力を停止した裁判例(昭和四二年六月九日、東京地裁決定、行裁例集一八巻五・六号七三七頁)に照らしてみても明らかである。

すなわち、右裁判所が執行停止の申立を認容したのは、その申請にかかる集団示威行進が、「平穏で秩序ある集団行動」であるとの前提にたつたうえ、当該集団示威行進の目標が国会という公共の施設に向けられたものであること、当該集団示威行進の主催団体及びその参加予定者数が一、〇〇〇名であつたこと、当該申請にかかる集団示威行進の進路が国会周辺すべての進路ではなく、ごく一部分にすぎないこと、などの点に鑑みて、国政審議権の公正な行使を阻害する等のものとは断ずることができないと判断したことによるものなのである。

二 そして、これを本件に照らしてみるに、その申請にかかる本件集団示威行進は、前述のとおり、個人の私邸に向けられたものであるが、かかる集団示威行進は、すでに前述のとおり、表現の自由の範囲を明らかに逸脱するものであり、かつ公序良俗にも反するものであつて、到底許されるべきものではない。

また、その申請にかかる本件集団示威行進が、そのまま実施されるときは、道路交通上重大な危険が生じ、また、個人の私生活の平穏が阻害され、あるいは人の生命、身体、財産に重大な危険が生ずるものであることは明らかである。

そうとすれば、本件集団示威行進は、執行停止を認容すべき前提要件たる「平穏で秩序ある行動」であるとは到底いいえないのである。

しかも、本件集団示威行進は、二万名もの大多数の集団をもつて行われることとなつているのであり、これらの点をも含めて総合的に考慮した場合、本件執行停止の申立は、「本件処分によつて生ずる回復の困難な損害を避けるため、緊急の必要があるとき」に該当しないこと明らかであるから、不適法として却下されるべきである。

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